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私が見た大津波

 投稿者:名取市  投稿日:2011年 6月16日(木)02時17分17秒
返信・引用 編集済
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110526_01.htm
●河北新報より
地震後、自転車で自宅近くの見回りに出ました。
・・・間もなく名取川河口から、波がうねりながら迫ってきました。
・・・「ただごとじゃない」「間に合わない」と自転車に飛び乗りました。
・・・「逃げろ」と声を掛けながら自転車を走らせました。
・・・遠くには土煙が見え、バキバキッと家が壊れる音も近づいてきます。
・・・車がぶつかる音、クラクション、悲鳴も聞こえました。
人を乗せたまま流される車も見ました。「夢だよな」と皆が話していました。
地球の終わりのようでした。
 
 

私が見た大津波

 投稿者:塩釜市  投稿日:2011年 6月16日(木)02時08分31秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110601_01.htm
●河北新報より
店番をしていて、地震に遭いました。
・・・激しい揺れで酒瓶が次々と落ち、危険を感じてレジに逃げ込みました。
・・・「高台に逃げろ」と叫ぶ声が聞こえました。
・・・津波が来たのは10分ほどたった4時ごろ。
窓で見ていると、茶色い濁流が道路を通って、一気に押し寄せてきました。
家や車が流され、車がガンガンとあちこちでぶつかる音が聞こえました。
 

私が見た大津波

 投稿者:石巻市  投稿日:2011年 6月16日(木)01時46分53秒
返信・引用 編集済
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_20.htm
●河北新報より
午後3時23分、第1波が30~40センチの高さで北上川を逆流していきました。
この程度なら大丈夫と車を進めた直後、・・・第2波が堤防を超えそうな水位まで迫っていたのです。
・・・高さ15メートルほどの黒い波が堤防と水門を乗り越え、・・・眼下の水田と住宅をのみ込みました。
 バリバリという音とともに、下流の住宅が続々と流されて市道を乗り越え、粉々にされました。
第1波からわずか8分間の出来事でした。高台に逃げるのが少しでも遅ければ、自分も流されていました。
 

私が見た大津波

 投稿者:名取市  投稿日:2011年 6月16日(木)01時37分14秒
返信・引用 編集済
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_03.htm
●河北新報より
校舎から「上がれ」という大声が聞こえ、訳が分からないまま屋上へ。
・・・屋上から海の方を見ると、真っ黒い津波の上に、
竜巻みたいな真っ黒い雲か霧のようなものが立ち上っていました。
 自宅のある貞山堀から海側の街全体が、
ゆっくりと北から南の方へ流されていきました。
・・・西側の小川は南から北へ激しく流れ、車やがれきが流されていました。
・・・津波後に降った雪。渋滞の車の中にいた人、
校庭の桜の木につかまり逃げ遅れた人はどうなってしまったのか。
人間の力ではどうすることもできない出来事でした。
 

私が見た大津波

 投稿者:南三陸町  投稿日:2011年 6月16日(木)01時27分52秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_06.htm
●河北新報より
地震の時は姉と経営する美容院にいました。
立っていられないほどの揺れで、収まった後は津波から逃げる準備をしました。
・・・午後3時すぎには避難を終えました。
それから約20分。津波が砂煙を上げゴーゴーと近づいてきて、
気付いたら眼下一面が海でした。
・・・津波は優に10メートルを超え、JR気仙沼線にぶつかり、
家をメリメリ壊し、丘に漁船を運び、渦も巻いていました。
雪の中でその光景を眺めながら、「もう終わりだ」と思いました。
 

私が見た大津波

 投稿者:石巻市  投稿日:2011年 6月16日(木)01時19分56秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_07.htm
●河北新報より
生後1カ月の五男と自宅1階にいた時、津波に襲われました。
 地震で落ちた物を片付けていると、玄関の方から「ドドドッ」という
大きな音が聞こえました。玄関を開けると、大量の水が入って来ました。
・・・体が浮き、首を水面に出し、右手で壁の通気口をつかみ、左手で五男を抱きました。
あと少しで顔が天井に付く高さまで水位が上がり、「もう駄目だ」と思った時、
水の流入が止まりました。五男は声も出さず、手をぎゅっと握り、じっと寒さに耐えていました。
 

私が見た大津波

 投稿者:仙台市  投稿日:2011年 6月15日(水)23時59分53秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_08.htm
●河北新報より
50分後、津波は静かに、じわーっという感じで工場敷地に入ってきました。
・・・津波の水位は2メートルほどだったと思います。
・・・自動車や重い貨物コンテナまでも次々に流されていきました。
力の強さに圧倒され、声もなく、ただぼうぜんとするばかりでした。
 

私が見た大津波

 投稿者:多賀城市  投稿日:2011年 6月15日(水)23時51分27秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_14.htm
●河北新報より
地震直後、・・・車に乗り込んだ瞬間、津波に襲われました。
車ごと約30メートルほど流され、何かに引っ掛かって止まりました。
・・・必死に車にしがみついて、3回目でやっと屋根に上がりました。
・・・車が何台も流されていきました。四方八方から「助けてー」と叫ぶ声も聞こえましたが、
大声で「助けに来るはずだから」と、声を掛けることしかできませんでした。
 

私が見た大津波

 投稿者:仙台市  投稿日:2011年 6月15日(水)23時41分57秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_17.htm
●河北新報より
大きな揺れを感じたのは、海から3キロ余り離れた自宅兼事業所でした。
・・・しばらくすると従業員の一人が「水だ。(防潮林の)松が見えない」と声を張り上げたのです。
・・・慌てて、高さ8メートルある排ガス処理施設に全員で駆け上がりました。
 津波は事業所のすぐ西にある仙台東部道路にぶつかりました。
・・・水位がぐんぐんと上がり、流された家や車が濁流にもまれていました。
 

私が見た大津波

 投稿者:石巻市  投稿日:2011年 6月15日(水)23時32分27秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_18.htm
●河北新報より
海岸から約200メートルほどの自宅に戻りかけた時、津波が見えました。
慌てて車に飛び乗り、バックで逆方面に逃げました。
車から数十メートル先には、2階建ての家ぐらいもあるがれきの塊が、
濁流とともに迫ってくる様子が見えました。
・・・「もう駄目だ。逃げ切れない」と思いました。
しかし、ぶつかり合った家が、流れをせき止めるような形になったため、
がれきが押し寄せてくる速度が鈍り、車を前進に切り替えることができました。
・・・一帯は間もなく、火事の炎に包まれました。
 

私が見た大津波

 投稿者:気仙沼市  投稿日:2011年 6月15日(水)23時23分17秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_19.htm
●河北新報より
大きな揺れに驚き、屋外に逃げ出しましたが足がもつれて思うように動くことができず、
木の枝や草をつかんでやっとのことで家の裏山に登りました。
・・・揺れが収まってから30分ほどすると、20メートルはあろうかという
巨大な津波が沖から迫って来るのが見えました。
・・・海面が盛り上がり、小さな島はすっかりのまれました。
・・・その後、引き波と沖から新たに迫ってきた波が激しくぶつかり、
海面は泡で真っ白になりました。
泡が消えると、引き波が巻き込んできた家の屋根や船、
がれきが海を埋め尽くし、ゆっくりと沖の方に流れていきました。
 

私が見た大津波

 投稿者:石巻市  投稿日:2011年 6月15日(水)23時13分35秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_21.htm
●河北新報より
釜谷の中心部を通りすぎたころ、200メートルほど先の山の陰から津波が見えました。
・・・濁流は家を丸ごと乗せて迫ってきました。「ためらったらのみ込まれる」。
・・・後続の車はなかったので、集落を抜けて車で逃げられたのは自分が最後だったと思います。
・・・峠の手前にトラックを止め、津波が6回押し寄せてくるのを見ました。
 

私が見た大津波

 投稿者:名取市  投稿日:2011年 6月15日(水)23時01分47秒
返信・引用 編集済
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110516_23.htm
●河北新報より
地震発生時は閖上小の近くで仕事をしていました。・・・40~50分後でしょうか。
閖上大橋の近くで「津波が来るぞ」という声を聞き、橋に上がりました。
トラックの屋根に上ると、高さ7メートルほどの白い壁が堤防からあふれながら、
名取川をさかのぼってきました。
 津波は3回。・・・堤防にたどり着いた人はわずかでした。
・・・津波に流され、歩道橋に避難した人に引き上げられた妻と、
仙台に遊びに出掛けた子どもたちと再会できたのは、3日後でした。
 

私が見た大津波

 投稿者:女川町  投稿日:2011年 6月15日(水)22時54分18秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110518_01.htm
●河北新報より
海岸から400メートルほど離れた自宅で地震に襲われました。
・・・すぐに津波が来ると思いました。
・・・地震から、20~30分たったころだと思います。
・・・津波が目の前を横切る間、「ゴォーーー」という地鳴りのような音と、
バリバリと家がぶつかり合って壊れる音が響いていました。
 巨大な波が、建物や木など街にあったすべてのものをのみ込む様子を、
ただぼうぜんと見ていることしかできませんでした。
 

私が見た大津波

 投稿者:仙台市  投稿日:2011年 6月15日(水)22時48分3秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110520_01.htm
●河北新報より
地震の後、東六郷小に避難しました。・・・地震発生から約40分後、
「津波が来た!」という声で海の方を見ると、約2キロ離れた松林がまばらになり、
合間に白い雲のようなものが見えました。松林とほぼ同じ高さの波しぶきでした。
・・・急いで校舎2階に上がり、人でごった返す教室から外を見ると、
校庭に黒茶色の水が来ました。車がスーッと流され、校庭は瞬く間に、
根がむき出しになった松の木や車、壊れた建材でいっぱいになりました。
波しぶきを見てからわずか数分間の出来事でした。
・・・学校は避難場所だったのに、校庭の車の中や体育館で流された人もいました。
 

私が見た大津波

 投稿者:南三陸町  投稿日:2011年 6月15日(水)22時40分56秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110522_01.htm
●河北新報より
雪が降る中、避難した高台の志津川中から、
津波が町をがれきに変えていく様子を、ぼうぜんと見ていました。
 眼下の合同庁舎屋上には4、5人が取り残されていました。
家の柱や車が「ゴーゴー」と音を立ててぶつかりました。
記憶にあるのは、流されてきた赤い屋根の家。
庁舎の屋上に乗り上げ、人にぶつかるのではないかと思うほどの勢いでしたが、
そこまで水位は上がらず、ほっとしました。
 

私が見た大津波

 投稿者:南三陸町  投稿日:2011年 6月15日(水)22時33分50秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110528_01.htm
●河北新報より
地震が発生した時は、公立志津川病院の近くにある高野会館で
「高齢者芸能発表会」を見ていました。会場には300人ぐらいいたと思います。
・・・近くにいた人が「海の底が見えるほど水が引いている。大津波がくる」と言いました。
全員で4階に上がりましたが、4階テラスも波をかぶるようになったため、
屋上へ逃げました。 屋上から見ると、町全体が泥水に覆われていました。
その時、見慣れた屋根が西から東へ、引き波でどんどん流されていくのが見えました。
 私の自宅でした。・・・ほかにも、さまざまな物が流れていたと思いますが、
自宅以外は目に入りませんでした。
 

私が見た大津波

 投稿者:亘理町  投稿日:2011年 6月15日(水)22時25分8秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110530_01.htm
●河北新報より
夕食の支度に取りかかろうとした矢先に、地震に襲われました。
食器棚が倒れ、停電になりました。・・・しばらくして電話が鳴りました。
「津波が来るぞ」。岩沼に出掛けていた夫が慌てた様子でかけてきたのです。
 油断していました。すぐに次女悠(16)と犬を連れて車を出しましたが、
すぐ背後に迫っていた津波に流されてしまいました。
 車は水に浮かび、どんどん押し流されました。何とかバランスを取ろうと、
必死でハンドルを握りましたが、どうすることもできません。
・・・運良く車は列車にぶつかりました。パワーウインドーが動いたので
窓から娘と犬とともに脱出しました。車両の屋根によじ登ったところで、
ようやく「助かった」と思いました。娘と一緒でなければ、命は無かったと思います。
 

私が見た大津波

 投稿者:仙台市  投稿日:2011年 6月15日(水)22時17分53秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110531_01.htm
●河北新報より
「もう津波来た!」と叫びました。地震の約30分後でした。
・・・とっさに家の2階に上がりました。ベランダから見ると、
高さ6、7メートルほどもある黒い壁のようなものが家々を壊し、
すさまじい勢いで迫ってきました。
 巨大な生き物のような塊が通り過ぎると、辺りは一面海になりました。
壊れた家や方向指示器が付いたままの車が流され、「助けて」という声も聞こえました。
 波の勢いが20分ほどで収まると、2階建ての家は所々にしか残っていませんでした。
・・・翌日水が引き、夫、次女と無事再会できました。
 

私が見た大津波

 投稿者:石巻市  投稿日:2011年 6月15日(水)22時07分55秒
返信・引用
  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110603_01.htm
●河北新報より
高台に避難しようと校庭で近所の人と話していたら、
教頭先生が「津波が来た! 早く校舎に上れ!」と叫びました。
海沿いの雲雀野公園の方を見ると、遠くの電柱が次々となぎ倒されるのが見えました。
走って3階の屋上に上り、下を見てあぜんとしました。既に校庭は家と車の海でした。
・・・流れてきた家に火が付き、次々と校舎にぶつかりました。
ドーン、カシャカシャと大きな音が響き、校舎が崩れるかもしれないと思いました。
・・・火は校舎に燃え移り、皆で2階の窓から板を渡して裏山へ逃げました。
・・・地域で大勢の人が亡くなってしまいました。
 

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