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誰でも1度は、ルービック*キューブという頭をひねる玩具に興じた事があると思う。オレが最初に出会ったのもかれこれ、30年近い昔の事なので、今、急に言われても、<ああ、あの遊びか。
結局、オレはあの遊びというかゲームで、成功したことがないんだ。早業の人なら、いとも簡単に元の状態まで戻せると聞くけど、何時間かけてもそれを達成出来た事はないんだ。どういう知恵があれば本当にそれを、元の状態に揃えられるのかなあ。>・・・なんて言ってしまうのが関の山だけども、立体の6面体に並べられた色彩を崩してから、それを元の位置にまで戻すのには苦労をしたモノだ。いくら計算をして望んでも、同じ平面に同じ色彩を揃える事が出来ないんだ。ルービック*キューブは、どの方向にも回す事が出来て、自由自在に位置を変換出来るんだけど、それなのに返って難しい競技にも見えて、以前はこのルービック*キューブをどのくらい早い時間で、元に戻せるかの選手権まであったぐらいなんだ。プロの人の回しようを見ていると小気味いい感覚を覚えたけれども、そういう才能って、普通の人にはちょっとやそっとの事で、培われるモノでもない。回し始めてから、何日も何日も練習をしながら、小首を傾げながら時間を費やしてしまうに違いないんだ。時間を持て余している時には、本当に意識を集中出来て、それだけでまあいいやと思ってしまうけど、ついぞ完成する事がないのには、諦めてあくびをしてしまうようなモノでもある。それでも、自分の机の上に置いていると何だか高級なゲームをしている印象を持たれる気分がして、やっぱり手放せないでいるのも、どうしてだろうか?世の中がだんだん、厳しくなって来るとついつい息切れがしてくるモノだ。恋愛にしろ、それがいくら素敵に見えても前途を輝かすように考えられても、・・・そのあと、どうなってしまうのだろうかと、先に完結編の方を探りたくなるようなのもそういう時代だからだろうか?人にはそれぞれ持ち合わせた以前からの生き方があって、それと対面をしないと決して強い絆で結ばれるような事はないんだ。その上に、相手を自分に
吸い寄せようとするなら、相手の心の宇宙をも旅して行かないといけない。本当に、この恋は結実するモノだろうかと考えていると、何時の間にかしらけて行くようなのも不思議な事だと言えると思うんだ。2極化の時代に入って、誰でもが自分の立場というモノを凄く意識するようになっても来ている。自分の普通の幸せでも叶えばそれで満足だと思うような状態に入り込んでもいる。ましてや、普通の人同士の付き合いときたら、なおさらしち面倒くさい所にまで追いやられてもいる。誰もそれぞれに距離を持ち合わせていて色々な場面に遭遇する度に、それぞれ立場から七色の意見を投ずるモノだ。それをまとめているモノにとっては、頭をひねる事も儘ならずあり、ついには何処かであらが出て、罵倒を浴びせられる事すらある。何とも、寂しい限りだ。こういう事って、元を辿れば何時の時代にも存在をしていたのかも知れないけど、21世紀に入って、新しい人同士の交流が見えて来て、以前の事柄では参考にならないことも幾つも見つけられる。それは、お互いに感じ取っていて<難しい事だけど、間違いなく次の時にはこうなるんじゃあないかなあ。>・・・と言う所まで、想像は出来るのに、何故か口に出して解決をするにはどうも表現がしにくいんだ。だから、それはオレ達に次のルービック*キューブをしろと迫っているようなモノなんだ。それぞれの6面にいろんな人達が並んで存在をしていて、それが事ある度にクルクルと回されるんだけど、合わない同士は結局、全く合うこともなく、ひどいときには<口を利かない>儘で、通り過ぎて行くと行った具合に感じられても来る。それが、このルービック*キューブをなかなか、元の平面に戻すまでには至らず、世の中がざわざわとしたままで年が過ぎて行くと言った風だ。こういう殺伐とした風景の中に放り出される事をオレは好まない。出来れば、厳しいなりにも安定感のある位置で止まって過ぎる事をせめて望んでしまう。これって、誰でもが感じる事じゃあないだろうか?それが職場なら、毎日、同じ所に一定の時間を缶詰になるのだから、もっともっと安定感のある位置に存在をしようとして、接近距離がある限度を超えてくっついたり、離れたりしながら時間を流している。時に、話題になっている事がチンプンカンプンになることがあって戸惑ったりする。それは、自分の色彩とは違う中に放り出された時なんだなあ。・・・って、実感をするモノだ。同じ所にいるのに、<寂しいなあ。>・・・って、感じるのは変なんだろうか?先行きの見通しが付かない事で、落胆をする人達も数多くいる。・・・もうすぐ、人類滅亡映画<2012年>という映画が公開されるそうだ。それは1900年代にノスタルダムスの大予言で<1999年の7の月に黒い王子が現れるが、王子が倒れるとき世界は滅亡する!>・・・と聞いて過ごした感覚と似ているようで、それを聞いているゆとりがないところに、この時代に何かしらのニュアンス的なモノが含まれているみたいだ。2012年と言えば、日本ではテレビが地上デジタルに移行する年で、そのあとにはリニア*モーターカーの開通の話題も控えている。リニアで、東京ー大阪が1時間くらいで結ばれると聞いているのに、どういう計算から<2012年>というタイトルを選んだのだろうか?世界のアジアを中心とした輝きで、西欧に吹き荒れている嵐だろうか?まだ、自分には、身に迫って感じ取れないけど、日本は新幹線の技術を世界に売り出す事も出来るけど、財政赤字はひどくあることは、現実の話だ。国の財政と政策に考え方が2通り以上、あるのかも知れない。オレは、多くの人の意見にまかせて流れて行っているけど、生き方に特にハッキリとした根拠がある訳ではないんだ。新聞で読んだ通りに生きている只の一介の国民に過ぎないけど、本当に未来は明るく輝いているんだろうか?・・・と、思う事も確かにある。まるっきりの素人で、<日本には、昔から災いがあるときには神風が吹くんだ!>・・・という迷信を信じて生きているのかも知れない。原子爆弾が投下された事があるけど、それからの復興の良さと、植民地になったことがないことを、奇蹟のように信じている。・・・21世紀というルービック*キューブもかなり難しいゲームそのものだとオレは感じている。昔にも、新しい時代に入る時には、誰しもが難しいと思った事なんだろう。人同士がかなり色彩を濃くしながら、ハッキリと接近距離を近づけたり離れたりしながら、回っているとき、オレはどう過ごして行けば良いのだろうか?
えいぞう
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