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明日は,聖バレンタイン*デーだ。チョコレートの売場は好きな男にプレゼントする人集りが出来ているが、何時も程の盛況感は見られないようだ。オレはモロゾフのチョコレートが好きだけど、
この不況下では、恒例の行事も影に隠れてしまっていると言った風であろうか?何せ、男女とも働く事がもう日常化している今日では、付き合い方もまた変化を遂げているのが現状だろう。以前、オランダで始まった勤労時間の短縮化と勤労者の数の安定化の操作言えるワーク*シェアリングが日本でも取り上げられて、給与は下がっても確実な職場の確保に向けて動き出しているのを読むにつけ社会生活をこなして行くのは並大抵の事ではないと思っている。大手の企業が赤字損益に転じている事が報道をされ、解雇の波は社会全体に及んでいる。これは間違いもなく日本が不景気に陥っていることの指標であるとも言えると思われるんだ。オレが大昔に<闘牛士>と言うエセーを書いた時には輸出産業が好調で、港の陸地には色とりどりの車が並べられて、それが大型船に積み込まれているような時代であった。その頃は港中に並べられた車を見る度に壮観と言う印象があったけれども、今は世界のトヨタでさへ、車の生産台数を減らすことを打ち出す事が示され、輸出産業は低迷を極めていると言えると考えている。日本は政府が給付金の制度を打ち出して、国民に還元すると言っているが、それで景気が俄然、良くなるモノであろうか?今の政府の支持率は20%を切っている。何を本当に信じたら良いのか、分かりかねていると言うのが実状えあるとも、思っている。国民のアンケートで本当に望まれる政治はどう言うものであるのか?・・・との疑問に、最近は、民主党を中心とする勢力への移り変わりが目ざとく見極められるのが注目をされる所だ。一体、現実の世の中の流れは実際はどうなっているのだろうか?日々の仕事に追い回されて、確実には見ていないのが本当の所であるけど、何か着実に生き方なりが変化を遂げつつあるのを身に堪えて覚える事が多い。あっちがこうなら、こっちはこうでと言った具合で、相対立するモノ同士が張り合っているみたいだ。その渦の中に巻き込まれながらオレ達は生きているんだなあ。・・・どれもこれも、正当だって解決する事って難しい事なんだ。みんな、自分なりの計算で、大きなサークルの中で、その一角を何とか組み立ててそれをバランスにして生きているみたいだぜ。大きなサークルは、人の考え方と予想のし具合でどうにでも変形をし得る事なんだ。・・・<これを、こう持って来て、責め立てて圧力をかけていれば、自分達は大丈夫、どうにでも切り換えが効くから。>・・・って、かなり自己中心的に物事を処理してしまうのは、遺憾な事だとオレは感じてはいるんだ。自分達にとって、邪魔で不利益なモノは簡単に処理をしてしまおうと、繰り返しの中でそう進んで行く時、それが本当に正しい事なのか?・・・と言う事を、忘れているようにも思われては来る。その鞘当てが自分に向いて来る時、何ともその圧力を交わすのに必死に抵抗を試みなければいけないのは寂しい限りだ。・・・見るからに肉のついた筋力のある猛牛に追い立てられているようにも感じられて来る事は、脅威ではある。何で自分がやり玉に挙げられているのかさへ分からない儘に、毎日がその立ちはだかるモノとの戦いであるのなら、むごい時代の中へ写し込まれたモノだなあとも、感じて止まない。闘牛士は赤い布を牛の前に垂らして、見事に突進してくるその力を軽技史のように避けて喝采を浴びるモノで、ラテン系の諸国ではおなじみの伝統的な行事ではあるけれども、そう言うショーとは違い、実際に難問を抱えた人の集団が押し寄せて来たなら、誰でもどう対処のしようもないのが、本当の所ではないだろうか?この頃は誰しもが生き方に真剣であるから、飛び交う言葉にも的を得ている事が多々、見られる。それは、言葉の上で避ける事は何とかなるのであろうが、みんなを動員して、<さあ、それでは、こうしよう。そうすれば、絶対に大丈夫だ。>・・・って、言う訳には行かないんだ。誰かが、何処かでクレームを付けて、反対に転じる事は間違いのない事ではあるし、利益の入りようが、世の中の動きの両極に存在する場合だって、あるんだから。こう言う不況下では、みんなを満足させ頷かせるような政策は見つからないようにも思えてならない。桜が満開になって、野山も街も散り染めた後で、衆議院議員選挙が行われる。大体の動きは掴めているとも言われている。極端には世間が変わる訳でもないけど、また、日本の新しい局面に臨むのだろうか?・・・とも、予測している次第だ。今年は関東ではもう春1番が吹き荒れていると聴く。まだ、2月の後半の天気の動きが心配だけど、暖冬に終わるのだろうか?3月になれば、直ぐに桜の開花予想が出される。春になるのは気持ちの良い事ではあるけど、また次の変革が見られそうで気が引き締まる気分もする。出会いと別れで、若い人達は、胸を膨らませる時期に、難局に投入するのも辛い事だなあ。・・・って、感じる。オレにしろ、今年の春はまた去年の繰り返しではあり得ないんだ。次々と生き方の上で目の前に立ち塞がるモノとの対決の姿勢は崩せないでいる。去年とは違うモノに挑戦をして、自分から羽ばたかないと生活の道が切り開けて行くようでもない。それは全力を投じての時間の進みではあるが、そのために年に1度の桜の開花の時期を喜んで迎えている暇でさへない程の威力で迫って来る事も違いはないんだ。どう言う職業についているとは言え、脚を掬われるような出来事は音もなく忍び寄って来る。それを眼を凝視しながら選り分けて行かないといけないのもまた、辛い限りだぜ。ちょっとした事で、大方の人の生き方からずれてしまう事は時ならずあるモノだ。そして、自分が落ち込んでいるモノから、一刻も早く抜け出そうと藻掻く事もまた、ある事だ。その抜け出す途中を真正面から見つめられて往生するのは、オレが体験した事でもあり、人の反感を買って波風が立つ。生きた心地もしない儘で、誰にも正確には理解され得ない儘で、自分の脚を引きずりながら何とか脱出して、後で、<よく、ああいう事に耐えられたモノだ。>・・・と、冷や汗をかくのも確実な所だ。抜け出す途中は、死にものぐるいで生きているので、無感覚に近い状態を通るのかも知れない。これからは人の眼が事に、人と違う事をする者には容赦なく厳しく光るのは言うに及ばない。それが、まともに戻ろうとしている過程で身に降りかかって来る事もあり、うっかりした事が出来ない。・・・そう言う憂き目もある。オレはよく攻撃の的になったけれども、それでも本当は人程の事もしていないし、人程の余暇も取ってもいないのにと考える時、<何とも、阿呆らしい事だ。>とも、思い直したりもする事があって、時には人嫌いに陥る。それでも、何とか生き抜いて行かないといけないんだ。ただ、オレには良き理解者がかなりいるので、日々が何とか流れて行っているのかも知れないと感じているんだ。誰でも、闘牛士の立場に追い込まれて、それを見物されていちゃもんつけられるのは、悲しい限りだ。口を固く閉ざした儘で、あらぬ噂まで立てられて、その中をかいくぐって生きて行く。みんな、多分、生き方の上で何時もストレスを持ち合わせているからかも知れないけど、湯が沸騰するような状況にならないように、それだけは気を付けないといけない。どの街へ行っても厳しい時代に突入をしている筈なんだ。狭く息苦しい感覚を覚えたら、ゆっくりと自然を見つめながら深呼吸をしよう。もう草木の芽が出始めようとしている。海辺の丘の上には菜の花が一面に薫りを湛えている。春と言う季節は優しい筈なのに、人の気分ばかりが高鳴って行くようで、ひとつ取り違えたら、へしやがさえるような予感さへするこの頃だぜ。日本製の伸びが悪いのに、
アメリカの有名ブランドのティファニーがかなりの値下げと聴いている。この2月もいろんな人が、いろんな生き方をしているんだなあ。・・・って、思う。そして、やり玉にあげられた、誰かが痛い眼を見ているんだぜ。それは金持ちとも限らないから、怖い限りだ。
えいぞう
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